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ばかばかしいと言われても-TDT200への挑戦 2ー

トモさんが主催するグループランイベント、T.D.T(ツール・ド・トモ)。100マイルレースを完走するための練習としてトモさんとその挑戦を支えようと集まった仲間で始めたもので、みんなで助け合いながら完走を目指す。

T.D.T100
T.D.T100は羽田空港近くの天空橋をスタートし、東京と神奈川の県境を流れる多摩川の河川敷を上流に向けてひた走る。約55kmで河川敷を終え、その先市街地を7~8km、そこからトレイルを片道約12km。折り返して総距離約147kmを23~24時間で走る。人が増えてきたことにより、ドロップバッグやエイド、時間制限(突っ走る人の足止め含む)、スイーパー的な役割も生まれた。でも、あくまでレースではない。

T.D.T200(ダブル)
4月1日エイプリルフールのRDのお告げで知ったT.D.T特別編。T.D.T100のコースを2往復する。T.D.T100の24時間前にスタートし、1往復目を24時間以内、2往復目はT.D.T100参加者と共にスタートを切って24時間以内に完走を目指す。

 

暴風雨のスタート

前日に天気予報を見ると、スタート時の天空橋の予報は1時間の降水量3ミリ、風速10mだった。スタート地点サロ門は雨宿りできるところがない吹き晒し。念のため、トモさんに「明日すごい雨風ですけど...集合場所の変更とかってないですよね?」とおそるおそる聞いてみたが「変更ないよ!」とシンプルに返ってきた。そりゃそうか。

2日ほど前までは夕方まで雨が降り続く予報だったが、好転に向かってはいた。でも朝方からこれでもかというほどの豪雨で、雨音で目が覚めるほどだった。駅からサロ門に向かうほんの数分でシューズもスカートもぜんぶびしょ濡れになった。

予定よりも30分遅れてスタート地点に着いたもんだから準備もバタバタだった。さらにトモさんも渋滞で現地に間に合わず、T.D.T史上初の“オンラインブリーフィング”が行われた。雨でiPhoneに映るトモさんの顔がよく見えないし、爆風で声もいまいち聞こえなかった。気づけばわたし以外の猛者3人と一緒に完走を誓い合い、走り出していた。

膝の違和感と初日の熱中症

最近は特に大きな故障は抱えておらず、ただ練習できていないというだけだった。2020年からの坐骨神経痛はもう完治はあまり望めないもので、うまく付き合っていくしかない。トレランのレースでは、最初の30kmくらいは腰が痛いものの脚が熟成してくると腰より脚という感じであんまり気にならなかった。過度に練習しすぎなければ痛くならないし、うまく付き合っているつもり。強いて言えば、左右差の関係で左のハムストリングスが突っ張りやすく、対角線上にある右膝や右腓骨がモヤっとすることはあった。ただこれも走っているうちに解消されていくものだった。左のハムは結構気にしていて、直前にハムと股関節を集中的に鍼でほぐしてもらった。

「どうしたの?痛い?」

最初に膝を押さえ込んだのはスタートして30kmくらいの地点だった。まだたった、たった30kmで右膝の違和感に気付いた。スタートから鉄道公園までの約63kmは超ベテランののぶかさんがペーサーで、お願いしていたペースを寸分狂わず守ってくれていた。

今回の戦略は、
  1. 手ぶらで走る
  2. 最初から、走ったり歩いたりを繰り返す
  3. 5kmをキロ7:00-7:30で走って500-1kmをキロ13:00で歩くを繰り返す(ペースは区間による)
  4. できるだけ休憩を少なくして時間を捻出する

というもの。だから荷物もほぼ全部持ってもらっていたし、ペースもめちゃくちゃゆっくりだった。なのに、なぜか普段痛くなったりしない膝の調子が悪い。

「大丈夫です!」

ネガティブになっちゃいけない。それにいつもだいたいこういう違和感はそのうち気にならなくなる。気になる部分のまわりを押したり揉んだりしつつ、ペースは守って走った。のぶかさんの完璧なペーサーっぷりでどの区間もほぼスケジュール通り。歩いたり走ったりしているわりには、前をいく猛者3人にたまに追いついていたから往路多摩川はほんの数分差だったと思う。

 

 

もうひとつのトラブルが起きた。熱中症だ。わたしはとことん暑さに弱い。すぐ熱中症や脱水になり、脚が攣ったり頭痛に悩まされたりする。内蔵は強いから食べられなくなったりはしないのに、水分補給がめっぽう苦手。光過敏症で肌が日焼けに弱く身体が火照りやすい。ただ、それでDNFしたことはなく、夜が来るまで耐え抜いて、気温が下がれば復活してきた。朝から土砂降りで、全身が濡れたために、雨か汗かわからなかった。雲がかかっていて直射日光はなかったが、異様に蒸し暑く風もなくまるでサウナ。水分も電解質もちゃんと摂っていたけれど、それ以上に汗をかいていたらしい。暑さに気付けなかった。


気付いた時にはもう頭をカナヅチでガンガン叩かれる感じで、脚もピクピク痙攣していた。のぶかさんの機転で、公園の水道を見つけては水を浴びてアイシングをした。のぶかさんはT.D.Tを5回、わたしは2回+ペーサー3回走っていて、お互いトイレも水場もだいたいわかっていて、「あそこに水道あるよね!」「あと◯km先のところですよね!」なんて言いつつ身体を冷やして進んだ。

かなり時間を使ってしまったと思ったけれど、多摩川を終えたタイムは+10分程度。T.D.T100のペースでいうと、例年の先頭集団くらいのタイム。50kmって言ったら普段の練習でも家に帰ったら倒れるように寝ちゃうくらいの距離はある。でもこれから夜になり、得意なトレイルが待っていると思えばそんなに問題ない。ストレッチしてアイシングしたほうがいいよ、というアドバイスで少し休むことにした。鉄道公園に着くとちょうど3人のうちの2人、阿部さんと前田さんがいて出発するところだった。ドロップバッグを開けて、ストレッチをする。少し、とはいかほどか。20分ほど休んだ。

トレイルでの誤算

「トレイルは全歩き」。これもまた戦略だった。鉄道公園から常福院までのコースは、初めの数kmが林道→アップダウンのあるトレイル→林道というレイアウトを往復する約24km。登山のコースタイムは11時間半くらい。4月に楽しく走った時は4時間16分だった。T.D.Tでの目安は5時間、遅くても5時間半。それをみんな「全歩きでもだいたい5時間」と表現する。ちょい待ち。CT55%くらいということは、登りも含めた平均ペースでキロ12分ということ、つまりちょいちょい走るか全歩きならばパワーウォークが速い人でないと叶わない。いままでのT.D.Tでは何ら問題なくクリアしていて、特段気にしたことがなかった。

トレイルの往路で“全歩き”したら、予定よりもかなり時間がかかってしまった。気付いたのは登りが8割過ぎた榎峠で、「なんか、これ、予定のスケジュールに全然間に合わないですよね?」とペーサーに確認した時だった。電車の時間がない夜間のペーサーを引き受けてくれたのは、UTMFのレジェンドカテゴリ優勝の今野さん。強くて安定感もあり明るくていつもたくさん喋ってくれるお姉さん。T.D.Tは走ったことがないが、青梅高水のトレイルは知っている。ただ、夜になると見知ったトレイルでも景色が違い、2人してロストしたりもした(200m程度)。

 

 

T.D.Tならではのペースと時間の感覚は自分でちゃんと考えておくべきだった。今野さんと合流したのは東青梅駅前で、今野さんはそこから時計をスタートしていたが、わたしはトレイル開始からのタイムを計算していて、鉄道公園で休憩もしたもんだから2人の間にかなり時間の食い違いがあった。コリャやばい、と榎峠から林道に出るまでの登りでは楽しい歩きを捨てて、前を行かせてもらって得意の登りで急いで登った。常福院もお参りをサッと済ませて数秒で折り返した。途中、たった4人のためにエイドを出してくれた山梨の松井さん、つきっきりでT.D.T200のサポートをしてくれているトモさん、それから階段練という練習会仲間の堤さんやジミーさんも応援に来てくれていた。

 

 

数々のレースでRYU-Gさんのサポートをしている松井さんのエイドはさすがで、絶妙な塩加減のたまごスープや野沢菜おにぎりを出してくれた。スルスル喉を通る。ここから鉄道公園までで少し時間を巻きたい。トレイルの復路も前を走らせてもらって得意の登りで一気に時間短縮を図った。あまりに集中しまくって登ったから、補給をすっかり忘れていて、2時間半でおにぎりたった1つ。汗だくなのに水も500mlしか飲んでいなかった。そういえば今回の思わぬトラブルとして、COROSウォッチの補給アラートが聞こえない問題があった。COROSには自分で設定した時間毎に音とバイブレーションでアラートをしてくれる「補給アラート」の機能がある。これを使い始めてからレースではハンガーノックと無縁になったが、ペーサーとしゃべりながら走っていると気付かない。往路の多摩川でものぶかさんとキャッキャと話していると時計が壊れているのかと疑うほどアラートに気付けなかった。1人黙々と走っている時に聞こえなかったことなんて一度もないのに。

飲み物をボトルに追加しようとペーサーにお願いしたら、なんと途中のサポートエイドに水のペットボトルを忘れてしまい、残り3km約40分地点で水を切らしてしまった。それまで散々補給してきたからエネルギー切れにならなかったのは幸いだったが、水はさすがにヤバいと次のペーサーがボトルを届けに来てくれた。やはりわたしは山の女なのか、動きのバリエーションを増やしながら走ったことで大きな筋肉がほぐれ、右膝の違和感も軽減し、トレイル往路に対して復路はかなりスピードを上げて鉄道公園に到着した。それでも、予定していた23時46分から1時間遅れの0時40分頃になっていた。

わたしらしくないエイドワークとタイム巻き直しの誤算

T.D.T100では、グループランの趣旨からはずれないよう、先走って早く行きたがる人を止めるべく鉄道公園は深夜1時まで出発できないルール。つまり、鉄道公園を1時に出れば充分24時間以内に完走できる。復路の鉄道公園〜サロ門は約63km。制限時間は11時。T.D.T100なら、10時間もあって余裕ありあり。T.D.T100なら。

そうか、それなら!とここでも20分休んでしまった。せっかく0:40に着いたが、鉄道公園を出たのは1:00。しっかり補給して、駆けつけてくれた石井道場の石井さん(パーソナルトレーナー)のマッサージで気になっていた右膝の違和感がなくなったのは正解だったと思う。

 

 

ただ、いつもなら【エイドは3分】がモットーのわたしが、わたしらしくなくたっぷり休んだのは、今思えば全く冷静になれていなかった。自分の頭で考えることを止めてしまっていた。いま一度今回の戦略を振り返りたい。

  1. 手ぶらで走る
  2. 最初から、走ったり歩いたりを繰り返す
  3. 5kmをキロ7:00-7:30で走って500-1kmをキロ13:00で歩くを繰り返す(ペースは区間による)
  4. できるだけ休憩を少なくして時間を捻出する

この4つが揃ってこそ意味のあるタイムスケジュールとペース表だったのだ。たっぷり休んで1周目のロードがスタート。計画では、最も調子が良い場合で1時間半の余裕を残してサロ門に9時半、そうでない場合は10時に着き、準備とマッサージと仮眠に充てたいと思っていた。前半の膝痛と熱中症で無理せず足を温存する選択をしたから、サロ門に10時でいいか、と思っていた。

タイムスケジュールにはペースも記載していて、ペーサーにも共有していた。しかしこれが休憩時間は加味していないもので、基本的には「その地点OUTのタイム」を記載していた。つまり、その時間に出るには休憩したい時間を差し引いて到着しなければならない。スケジュール通りなら、1周目のロードと多摩リバーはキロ7:30で5kmラン、キロ15:00で1km歩き。63kmを9時間41分。ただし、遅れの場合にはペースも時間も巻き直しが必要だった。初日の熱中症はすっかり良くなり、頭痛もいつの間にか無くなって元気だった。

 

 

ここからのペーサーはゆうかちゃん。2周目のペーサーショウくんがサポートに回ってくれた。ゆうかちゃんはまだ若くて、ロングの経験は少ないけれどこの長い長い区間のペーサーを買って出てくれたのだ。ものすごく素直で優しいので、わたしのお願いを全部笑顔で聞き入れてくれた。もはや機能していないわたしのヘンな計算も否定せずに素直にペーシングしてくれていた。わたしは自分でスケジュールを見ることまで放棄して、責任感を失っていたことに反省しかない。ドロップバッグポイント、日野でも何故か順調に走れていると勘違いしていて、余裕があるなら足を温存しようと20分も休んでしまった。そんなに休まなければならないほどこの時は疲れていなかった。後悔先に立たず・・・

 

 

走り出してすぐ、ハッとした。
あれ?スープエイド(さっきのドロップバッグ地点)って、いつものT.D.Tでは暗かったような?このあたりを走ってる時、こんなに明るかったっけ・・・?

「あれ?あと何キロだっけ。いま何時?」

1時間と少し、時間を勘違いしていた。鉄道公園あたりまでは、T.D.T100でいうところの先頭集団くらいの時間だったはずなのに。ペースが遅すぎた。これに関してはなぜそんな勘違いをしてしまったのか、何故もっと早く気付けなかったのかわからない。これがT.D.T100だとしたら、いつもより1時間くらい遅くたって走り続けりゃ充分間に合わせられる。でもそんなことしたらそこで脚がジ・エンド。

「いまのペースを繰り返したら何時に着くんだっけ・・・?」

焦って、頭が回らない。いつもならレース中でも即座に計算できるはずが、頭が真っ白になる。

「えーっと、キロ7分半と歩きが・・・えーっと」

この状況で、自分が作ったわけでもないこの複雑な走りと歩きを混ぜたペース配分をペーサーとして走りながら計算し直してほしい、というのは無相当に理がある。どうやって計算しなおそうかと困ったところでで、やっと気付いた。そうだ、最も単純なこと。鉄道公園時点で予定から何分遅れだったんだっけ

「1時間15分です」

「わっ、それってつまり、9時半予定から1時間15分遅れだから、10時45分?ええっ!」

予定していたペース配分と区間時間は鉄道公園を23時46分に出た場合なので、1時間15分遅れ。同じペースじゃ間に合うわけがなかった。10時45分着だと2周目のスタートまで15分しかない、そんなの準備も考えたらあり得ない。

「せめて30分、いや、30分でも準備間が合わないかも!」

1周目は荷物を持ってもらっていたが、2周目の63kmはペーサー禁止なので自分で持たなければならない。預けている荷物を自分のザックに入れ替え、ドロップバッグの中身も補給食を追加したい。5分でも寝たかったが睡眠時間は捨てるとして、せめてマッサージは受けたい。40分の余裕を目指してスケジュールをパパッと巻き直し。走ったり歩いたりの、歩く区間をグッと短縮して歩くペースも上げた。前を走らせてもらって楽しいおしゃべりも封印してスイッチを入れた。ゆうかちゃんは無言になったわたしの後ろをただただ静かについて走ってくれる。補給のタイミングをきっちりと計算し、時間に合わせて200mほど前に出てはわたしにサッとおにぎりとお茶を差し出してまた走って追いかけるという過酷なインターバルを続けてくれた。

 

想定外の疲労感と2日目の暑さ

 

疲れてペースが落ちてくると「ちょっと歩きますか?」とゆうかちゃんが聞いてくれたけど、少しでも時間を巻きたいわたしは「ううん、大丈夫」と言って先を急いだ。短い返事しかできず、何の余裕もなく、ピリピリして困ったに違いない。一緒に楽しもうと思っていたのに、なにかをすべて失ってしまっていた。

ありがたいことに朝から応援の人が多く、みんながアイスやドリンクを差し出してくれる。わたしの荷物を全部持ってくれているゆうかちゃんはもう持ちきれないのに、優しさゆえに何ひとつ断らずに「あとで飲みたくなるかも」「もらっておきましょう!」と指に何本ものペットボトルやアイスを挟み、両手いっぱいの状態でキロ5分台でわたしを追いかけてきてくれた(スゴ技)。

集中力を発揮してスイッチが入ったことでキロ7くらいまでグッとペースを持ち直し、歩きはほんの数十歩のみ、キロ10くらいで維持した。二子玉川通過を8時に設定。そうしたら残り16km。ほぼ巻き直した最低限のスケジュール通りに走ることができた。これまで散々走ってきたTDT100の経験が活きた。かなり遅れを取り戻したが、徐々に気温が上がり「ここで絶対2度目の熱中症になるわけにはいかない」と手早く水を浴びつつサロ門を目指した。

 

焦りは身を滅ぼす、筋肉も滅ぼす。せっかく初日の熱中症から回復し、トレイルはしっかり登れたし、膝の違和感もなくなっていたのに、遅れを取り戻そうと力んで走ったからかかなり疲労感が増していた。サロ門に着く頃には90%くらいを使い切った感覚だった。


鉄道公園に来てくれた石井さんが復路の多摩川にも駆けつけてくれた。2日間、仕事や家族の予定の合間を縫って何度も何度も助けに来てくれて「思い切り無理してこい。無理するために走ってるんだろ?思う存分やればいい」と力強く背中を押してくれた。そう、理にかなって無いことをやってるんだ。こんな距離と時間、合理的なわけがない。

 

10時25分。

 TDT100なら余裕たっぷりの完走。しかも歩けないほどボロボロでもない。キロ7分〜7分半で走ってきたのだから元気なほうだった。